【今現在】羽生ゆずれない+小塚崇彦がスキャンダル⇒本名に改名

時事

こんにちは。坊主です。

今回は、芸人の「羽生ゆずれない」さんを取り上げます。

フィギュアスケート選手の羽生結弦(ゆずる)選手のモノマネ芸で知名度を上げた彼ですが、”あるスキャンダル”が原因で改名を余儀なくされました。

そのスキャンダルと改名について「爆報!THEフライデー」では次のように予告されています。

▼あの国民的アスリートのモノマネ芸人「羽生ゆずれない」は今…

▼あるスクープがきっかけで世界中から猛バッシング!涙の謝罪!

(2019年10月4日放送)

一体、彼はどんなスキャンダルを起こしてしまったのでしょうか?

小塚崇彦との夜遊びスキャンダルを文春がスクープ

改名を余儀なくされたスキャンダルをスクープしたのは「週刊文春」でした。

文春砲が炸裂したのは2018年12月13日の時。

この日に配信された記事によると、彼は小塚崇彦さんと夜遊びをしており、複数の女性たちと過ごしていたとのこと。

問題のスキャンダルについて「日刊大衆」は次のように報じています。

ことの経緯は13日発売の『週刊文春』(文藝春秋社)に掲載された、
プロフィギュアスケーターの小塚崇彦(29)のスキャンダル記事が発端。

記事によれば、
小塚と羽生ゆずれないが横浜のクラブで夜遊びをして、
女性2人を連れて一夜過ごしたと報じていた。

(2018年12月14日配信)

この報道がきっかけとなり、”本家”のファンから猛バッシングを受けることになったというわけです。

ただし、「ゆずれない」さん本人は文春のスキャンダルを真っ向から否定しており、現在でもそのスタンスは変わっていません。

羽生ゆずれないは「事実無根」と反論

美女との夜遊びを報じられた「ゆずれない」さんは、この報道を一貫して否定しています。

――文春報道は事実無根なんですか?

「はい。

小塚さんとは番組共演を機に親しくさせていただくようになりました。

僕は学生時代、
アイスホッケーのU-18日本代表だったんです。」

「あの日は競技スポンサーをしている社長さんを紹介してくださるというので、
仕事先の京都から小塚さんの待つホテルに行ったんです。

2人の女性は、大会関係者の方。

調べていただければ、
わかることなんですけどね」

※「SmratFALSH」より引用
(2019年3月2日配信)

上記の通り、夜遊びと報じられた美女は大会の関係者だったのです。

また、現場には女性スタッフ以外にも男性も同席しており、決して「夜遊び」ではなかったと言います。

そのとき小塚から「チーム小塚」への参加を依頼された羽生ゆずれないは、
チーム参加の話をするために大会関係者が宿泊しているホテルを訪問。

関係者の男性が同席する中、
大会関係者の女性2人と1時間ほど会話をして帰路についたと説明していた。

※「日刊大衆」より引用
(2018年12月14日配信)

「ゆずれない」さんと文春の主張は真っ向から対立しているため、真相は闇の中です。

しかし、いくら週刊誌といえど、過去には誤報(フェイクニュース)の事例もあるため、鵜呑みにすることは危険と言えます。

世界中からバッシングされて本名に改名

身の潔白を訴え続けた「ゆずれない」さんですが、それでも世界中から批判の声が殺到したと言います。

また、その中には改名を迫る声もあったとのこと。

こうした事態を受けて、彼は「羽生ゆずれない」から「あいき けんた」本名)に改名したのです。

――結局、本名(相木健太)のひらがな表記にしましたね。

「多数決ではないので、
いい芸名があれば使わせていただこうと思ってたんですけど、
『本名で』という声が一番多かったんですよ。

※「SmratFALSH」より引用
(2019年3月2日配信)

現在は本名の「あいき けんた」で活動している彼ですが、羽生選手のモノマネは継続しているようです。

今現在の仕事は?

羽生選手の活躍と共に仕事が激増した「ゆずれない」さんですが、スキャンダルをきっかけにオファーは激減したと言います。

また、営業の仕事に関してはゼロになったとのこと。

そんな最中の文春砲。仕事への影響は?

「そりゃあ大きかった。

営業も発売日以降、
パッタリなくなりました。

でも、いつまでも“羽生バブル”に甘えていられませんから、
逆にいいチャンスだったのかも。」

※「日刊ゲンダイDIGITAL」より引用
(2019年7月29日配信)

今現在、彼は麻布十番にあるショーパブ「リトモディ ブリブリブッスン」のステージに立っています。

スキャンダル以降、仕事の本数は激減しましたが、それでも彼はモノマネ芸に磨きをかけていたのです。

また、最近では営業の仕事も増えつつあり、着実にキャリアを重ねていました。

「苦しい時も物マネを諦めなかったため、
今は月に数本ですが、
営業の仕事も戻ってきてますし、
もっと自分ならではの芸を磨いて本当のメジャーになりたいですね」

店から徒歩圏内の木造アパートに一人暮らしだ。

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