【死因】今川勉はいつ死去?亡くなった年齢や現在も

時事

こんにちは。坊主です。

今回は、ミュージシャンの今川 勉(つとむ)さんを取り上げます。

辻 仁成さん率いるロックバンド「ECHOES」(エコーズ)のドラマーとして活躍した今川さんですが、ここに来て突然の死去が報じられ世間の注目を集めています。

一体、彼の死因は何だったのでしょうか?

訃報:今川勉が亡くなった

今川さんの死去について「日刊スポーツ」は次のように報じています。

ミュージシャンで作家の辻仁成(60)が、
自身がボーカルを務めたロックバンド「ECHOES(エコーズ)」のドラマー今川勉さんが亡くなったことを伝えた。

辻は21日、

「ECHOESはオリジナルメンバーで活動できなくなった」

のタイトルでブログを更新し、

「ドラムの今川勉がこの世を去った」

と報告。

自身は数日前に訃報に触れ、

「間違いだった、とだれからか連絡が入らないか、待ってもいた。

でも、さすがにもう覆せないのだな、
と確信しつつある」

との思いをつづった。

「勉とは、もうずっと会っていなかったし、
人づてに、元気そうだということは聞いていたけれど、
ぼくの方から連絡することもなかったし、
勉からも連絡がなかった」

という。

最後に会ったのは再結成して渋谷公会堂でライブを行った2012年5月で、

「すでに8年の歳月が流れている。

その間、
ぼくの人生もいろいろとあった。

ぼくは昨日、
ノートルダム寺院まで行き、手を合わせた。

その時に、
ふっと一陣の風のように脳裏をメロディが過っていった。

それは『Dear Friend』という曲であった」

とつづった。

同日更新したツイッターでは

「寂しい。

それでも、歌い続けます。

あの日の気持ち忘れないために、
don’t stop music…」

とつづった。

(2020年1月21日配信)

上記の通り、今川さんの訃報は辻さんにも晴天の霹靂だったようです。

一体、彼の死因は何だったのでしょうか?

世間の反応

30年前にECHOESのライブに行ったなぁ。

福岡のメルパルクホールだった。

普通にチケット申し込んだんだけど最前列だったからよく覚えてる。

捻くれて斜に構えてた自分には歌詞がすんなり入ってきてた。

久しぶりに聴いてみよう。

安らかに。

一昨日の日曜日、
アタック25のハワイをかけての最終問題で、
正解は「辻仁成さん」でしたが、
途中エコーズの画像が出てきて、
懐かしいなぁと思っていたところでした。

今日、こんな記事が出るなんて。

御悔やみ申し上げます。

辻さんがもう還暦か

時が経つのは早いものだね

ECHOES昔よく聴いたよ

ご冥福お祈りします

いつ死去?死因は病気?

突然の訃報が報じられた今川さんですが、いつ死去されたのでしょうか?

現在のところ、亡くなった日時や死因については公表されておらず不明となっています。

ただ、彼のFacebookを調べたところ、2020年1月13日を最後に投稿が途切れていたことが分かったのです。

最後の投稿がこちらです。

上記の通り、最後の投稿で今川さんは「めまい」を訴えていました。

実は、過去の投稿を遡ると、亡くなる直前に「めまい」や「体調不良」を訴えていたのです。

断定こそできないものの、直近の体調不良が死因に関係していると思われます。

今川さんの死去日や死因については新しい情報が入り次第、追記します。

現在の活動や年齢は?

今川さんの生年月日がこちらです。

1959年3月27日
秋田県平鹿郡増田町に生まれる。

※「今川勉ライブ事務局」
(2007年10月8日公開)

つまり、彼の年齢は60歳(享年)となります。

ちなみに、現在の仕事について調べたところ、「dredkingz」というバンドで活動していることが分かったのです。

ECHOESやKAIFIVE経て
今”dredkingz”と言うバンドをやっています。

※本人のTwitterより引用

また、2007年当時はライブハウスのスタッフとして勤務していたことが分かりました。

この出会いは、
今川 勉が突然の病に倒れ、
再起への道を模索しはじめた頃かかってきた、1本の電話からはじまる。

電話の主は、
ECHOES時代、縁あってサポートしたことのある、アマチュア・バンドのボーカリスト。

当時、
高円寺のあるライブハウスで、店長をしていた。

「リハビリがてら、
よろしければ、お店を手伝ってくれませんか?」

お店を手伝ってもらうというカタチでの、
“支援の申し出”だということは、直ぐにわかった。

トップ・ドラマーの道を歩んできた今川 勉は、それを受け入れ、
ライブハウスのスタッフとして働きはじめる。

(2007年5月1日公開)

ただ、現在は秋田県に住んでいるため、ライブハウスは既に退職しています。

スポンサーリンク