【逮捕歴あり/理由】中村喜四郎と公明党との関係は?母が死去!死因は?

こんばんは『坊主(ボウズ)』です!!

今回は、衆議院議員『中村喜四郎』氏について投稿します。

彼は、茨城県猿島郡境町出身の政治家です。

出生時の名前は「中村伸(しん)」

「第58代建設大臣」「第43代科学技術庁長官」
「自由民主党総務局長」
を歴任。

父・中村喜四郎、母・中村登美はいずれも参議院議員を務めた。

大学卒業直前、田中角栄事務所に入所し
田中氏の秘書を務める。

1976年、第34回衆議院総選挙に旧茨城3区から無所属で出馬し当選。

出馬に際し、父である中村喜四郎(先代)の遺志を継ぐ意味で、
戸籍名を喜四郎に改める。

1989年、宇野内閣で科学技術庁長官に任命され、初入閣を果たす。

今回は、彼について調べてみました。

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逮捕歴あり/理由

彼は現在でも、政治家として活動していますが
彼には逮捕歴があるという事がわかりました。

彼のWikipediaにはこう掲載されています。

”1994年(平成6年)、
ゼネコン汚職事件に絡み、
自民党独占禁止法に関する特別調査会会長代理在任中に、
鹿島建設からの依頼で
公正取引委員会への口利きをした斡旋収賄罪容疑が浮上。

東京地方検察庁特別捜査部が任意捜査を求めるも、
中村が聴取を拒否をしたため、
検察は逮捕許諾請求を衆議院に提出して
逮捕する方針を取った。

衆議院で逮捕許諾決議が可決され、
中村は逮捕された。

1997年(平成9年)10月、
東京地方裁判所で懲役1年6ヶ月、
追徴金1000万円の実刑判決を受けた”

と掲載されています。

上記の事から実刑が確定判決となり、彼は黒羽刑務所に収容されました。

そして2004年に仮釈放され、刑期を満了しました。

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公明党との関係は?

彼は、刑期を満了してから
2005年、2009年、2012年と再び無所属で出馬し、当選しています。

彼は無所属といわれていますが
ネット上では「中村喜四郎 公明党」というワードで
検索されています。

なぜ、このようなワードで検索されているのか調べた結果、
1つの記事が関係していました。

2012年12年17日に配信された『読売新聞』にこう掲載されています。

”衆院茨城7区では、無所属の中村喜四郎さんが、
激戦を制し12回目の当選を決めた。

テレビの開票速報が流れる地元・境町の事務所は、
詰めかけた支持者たちの熱気に包まれ、
当選確実になると大きな歓声が上がった。

中村さんは「皆さんのおかげで厳しい選挙に勝てました」と
支持者らと喜びを分かち合った。

盤石の後援組織を持つ中村さんだが、
解散後は、支持率が自民党の永岡桂子さんに劣るとして、
懸命の追い上げ態勢を築いた。

無所属候補では異例の公明党推薦を得たほか、
森喜朗元首相らの応援を得た。

永岡さんは、約7年間の実績をアピールしたが、
小選挙区当選の「悲願」はかなわなかった。”

と掲載されています。

この引用した記事からも公明党推薦は異例としています。

ネット上では「公明党=創価学会」とされており
彼は創価学会と何らかの関係があると噂されています。

しかし、ネット上ではこれ以上の情報はなく
詳細は不明です。

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中村喜四郎の母が死去!死因は?

冒頭でも掲載した通り、彼の母親も政治家として活動していました。

母親、中村登美について調べていくと
2016年4月12日に配信された『産経ニュース』にこう掲載されています。

”中村登美さん(元参院議員、
中村喜四郎衆院議員の母)9日、死去。99歳。

通夜は25日午後6時半、
葬儀・告別式は26日午後1時、
茨城県境町伏木1359の2、
バンケットハウスアリモールで。

喪主は長男、吉伸(よしのぶ)氏。

夫で先代の中村喜四郎氏が在職中に死去したのを受け、
昭和47年の参院茨城選挙区補選に立候補し、初当選。

1期務め、参院物価対策特別委員長に就いた。”

と掲載されています。

また、死因について調べたのですが
詳しい内容は掲載されておらず、死因は不明です。

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