【現役引退理由】伊達公子と旦那,ミハエル・クルムの離婚原因は子供?パン屋を経営!

こんにちは坊主です!!

今回は、『伊達公子(だてきみこ)』さんを取り上げます。

彼女といえば、日本女子プロテニス選手として知られています。

彼女は、京都府京都市の出身で幼少期からテニスを行い、高校時代にはインターハイに出場し”シングル”、”ダブルス”、”団体優勝”の3冠を獲得しそのキャリアをスタートさせます。

高校卒業をにプロに転向し様々な功績を収め、1994年に日本人女子テニス選手として、史上初の世界トップ10に躍進。

1995年には全仏オープンで日本人初のベスト4に進出し「日本プロスポーツ大賞殊勲賞」を受賞し当時は話題を呼びました。

1996年には一時現役を引退していましたが、2008年に現役復帰。

復帰当時の彼女は、38歳という年齢ながらも数々の世界大会に出場し好成績を収めます。

そんな彼女が突如として自身のブログで再び現役引退を表明し世間の注目を集めています。

彼女が現役引退を表明した理由はいったいなんだったんでしょうか?

今回は、彼女の引退理由について調査しました。

スポンサーリンク



伊達公子の現役引退理由

冒頭でも掲載しましたが、彼女は2017年8月28日に自身の公式ブログ『伊達公子-Always Smile-』で「決断」と題し現役引退を表明し世間の注目を集めています。

彼女の現役引退に至った経緯はなんだったのでしょうか?

この事について調査したところ以下の事が判明しました。

彼女は2016年に左ひざ半月板を怪我をしてしまい、内視鏡による手術を行っていた過去があります。

その後、リハビリを続け復帰を果たしていますが、怪我前のレベルに比べると当然レベルは落ちてしまいます。

彼女はそのギャップに悩ませられ、今回の引退を決断したとブログで綴っています。

この事について2017年8月28日に投稿した公式ブログ『伊達公子-Always Smile-』では次のように綴っています。

”『そう遠くない日』と言っていた日がとうとう訪れました。

伊達公子、
再チャレンジにピリオドを打つ決断をいたしました。

いつになったら心の声が響いていくるのか…

そう気付くまでコートに立ち続ける気持ちでいっぱいでした。

2008年4月に再チャレンジを始めてから約9年半。

10シーズン目を迎えた2017年は
膝の軟骨移植手術を経て5月に復帰。

岐阜のカンガルーカップで復帰を果たし、
これからという気持ちが膨らむ中で、
肩の古傷の痛みがひどくなってきました。

怪我前のレベルと比べると
やはりギャップを埋めることは
なかなか簡単なことではないことを感じています。

(中略)

なかなか埋まらない
そのギャップと向き合い続けることに一喜一憂する日々。

もう痛みと向き合わなくてもいいんじゃないか。

痛みを我慢する必要もないんじゃないか。

そんなことを思うようにもなってきました。

もう一度、
思い切りコートを駆け巡り、
自分らしい速い展開のテニスをしたい!

という想いを断ち切ることは
簡単なことではありませんでした。

私ならきっとできる!

とずっと信じていました。

今でもその想いがないと言ったら嘘になります。

でもどこかでテニスに区切りをつけなければならない時があるのならば
それが今ではないかと思ったのです。”


※一部改変

同ブログで彼女は怪我に悩まされいた事を明らかにし、その怪我が原因で思うようにプレイできず今回の引退に至ったと理由を明らかにしています。

また今回の彼女の現役引退表明を受けて、彼女の私生活について感心が集まっています。

彼女は、一時現役を引退していた2001年にドイツ人レーシングドライバー「ミハエル・クルム」さんと結婚し、プロアスリート同士のビッグカップルの誕生で当時は大々的に報じられました。

しかし、おしどり夫婦と知られていた彼女らは、2016年に離婚を発表し世間の注目を集めました。

なぜ離婚に至ったのでしょうか?

今回は彼女らの離婚原因について調査しました。

スポンサーリンク



伊達公子と旦那,ミハエル・クルムの離婚原因は子供?

上記でも掲載しましたが、彼女らは2001年12月1日に結婚し約16年間もの間、結婚生活を続けていましたが2016年9月26日に離婚を発表しています。

一部ネット上では、離婚原因は子供が関係しているとされています。

果たしてこの噂は事実なのでしょうか?

この事について調査したところ以下の事が判明しました。

彼女らは2001年に結婚を発表し、2016年まで夫婦関係を続けていましたが、約16年間の結婚生活の間、彼女らに子供は誕生していません。

一部報道によると、夫であるクルムさんは彼女の間に子供を持つことを強く望んでいましたが、彼女は2008年に38歳で現役復帰を果たしています。

その事が原因で2人の間に亀裂が生じ、離婚に至ったとされています。

この事について、2016年10月5日に配信された『女性自身』は次のように報じています。

”9月27日、
プロテニスプレーヤーのクルム伊達公子(46)が、
自身のブログで、
元F1ドライバーのミハエル・クルム(46)と離婚したことを明らかにした。

(中略)

日本テレビの城下尊之リポーターは、
離婚の原因についてこう推測する。

「クルムは伊達との間に子供を持つことを強く望んでいました。

しかし08年、
伊達は38歳で現役復帰を宣言。

そのころから二人の間に亀裂が生じ、
離婚へと進んだのではないでしょうか」”

同紙が掲載している通り、2人の離婚原因は子供が関係していると報じています。

この記事が報じられ、一部ネット上では子供が原因で離婚に至ったと噂されています。

しかし同紙はこの離婚原因は推測だと掲載しているため、信憑性は低いと思われます。

そこで、2人の離婚原因の真相を調査してみましたが、彼女のブログには離婚に至った理由や原因を詳細に明らかにしていません。

また彼女は自身のブログに以下のように掲載しています。

”今でも2人の関係はよく、
今年は2人とも東京にいる時間が多いので、
共に生活をし、
食事も一緒にして過ごしていました。

離婚をしたこれからもその関係は大きく変わることはなく、
友達として会うこともあるでしょう。

またこれまで2人のベースが東京とモナコの2つだったこともあり、

これからも必要に応じてお互いをサポートし合うことも続くでしょう。

16年間の時間はやはり短いものではなく、
寂しさは当然感じますが、
お互いがHappyでより良い人生を送るための決断です。”


2016年9月27日公式ブログ『伊達公子-Always Smile-』より引用

同ブログには、離婚理由や原因の真相は掲載していないものの、円満離婚だと強調しています。

彼女らの離婚原因の真相が公表され次第、随時記事を追記していきます。

スポンサーリンク



伊達公子はパン屋を経営!

今回の引退発表で大きな注目を集めている彼女ですが、ネット上で彼女について調査していくと「伊達公子 パン屋」というワードで検索されています。

このワードはいったいどういうものなのでしょうか?

この事について調査したところ、彼女は東京渋谷区恵比寿にある「FRAU KRUMM(フラウクルム)」というパン屋を経営している事が判明しました。

このパン屋は2016年に彼女自身がプロデュースを行い、オープンさせた店舗です。

彼女がヨーロッパで経験した体験をコンセプトを元に、焼きたてのパンや淹れたてのコーヒーを販売する東京都内でも有数な店舗であり、また素材にもこだわりを持ち、ドイツ産の麦を使用したパンは購入者から絶大な支持を集める店舗となっています。

一部ネット上では、彼女は引退後、経営者として活動すると噂されていますが、彼女は引退後の進路を明確に明らかにしておらず、彼女の引退後は不明です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)