【死因:肺がん】ボクシング,金城眞吉が死去!結婚歴や家族(嫁,子供)の現在は?経歴やプロフィール,画像あり!

こんにちは坊主です!!

今回は、『金城眞吉(きんじょうしんきち)』氏を取り上げます。

皆さんは金城眞吉氏をご存知でしょうか?

金城氏は、日本を代表するアマチュアボクシング指導者としてその名前を広く知られています。

金城氏は、沖縄県興南高校のボクシング部の監督として、元WBA世界ライトフライ級王者「具志堅用高(ぐしけんようこう)」さんなどの様々な選手を指導していた事で有名です。

2011年からは東洋大学のボクシング部の監督を務め、沖縄県のみならず、日本ボクシング界に貢献・影響を与えていました。

そんな華麗なる経歴を持つ金城氏ですが、ここに来て注目を集める出来事が報じました。

それは金城氏の訃報です。

金城氏は、2017年11月16日に肺がんのため、那覇市内の病院で死去した事が報じられ世間の注目を集めています。

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そこで今回は、金城氏について調査してみました。

死因:肺がん ボクシング,金城眞吉が死去!

冒頭でも掲載しましたが、金城氏は2017年11月16日に肺がんのため死去した事が報じられ世間の注目を集めています。

この事について、2017年11月16日に配信された『沖縄タイムス』は次のように報じています。

“16日午前1時34分、
肺がんのため、
73歳で死去した県内高校ボクシングの元指導者、
金城眞吉さんの告別式は20日午後3時から4時、
那覇市天久1192の1、
那覇葬祭会館本館(天空の間)で執り行われる。

喪主は次男の英樹(ひでき)さん。

自宅は那覇市首里石嶺町3の168の2。

ボランティアで興南高校、
沖縄尚学高校でボクシングを指導。

興南高生だった元プロ世界王者の具志堅用高さんをはじめ、
計45年間の指導で延べ40人の全国王者を育てるなど「ボクシング王国・沖縄」を築いた。

2011年から東洋大監督、
14年から同総監督。

ロンドン五輪で日本人48年ぶりの金メダルに輝いた
村田諒太選手も指導した。”

同紙が掲載している通り、金城氏は肺がんのため2017年11月16日に死去した事を報じています。

また今回の訃報を受けて、金城氏の私生活について関心が集まっています。

上記で引用した「沖縄タイムス」では、喪主を務めるのは、次男「英樹」さんと掲載されている事から、金城氏が結婚している事や複数人の子供が居る事がわかります。

しかし同紙では、家族についての言及はされていません。

そこで今回は、家族の現在について調査してみました。

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金城眞吉の結婚歴や家族(嫁,子供)の現在は?

今回の訃報を受けて、ネット上では、金城氏の私生活について感心が集まっています。

上記で引用した「沖縄タイムス」では、金城氏の喪主は次男「英樹」さんと掲載している事から結婚していていることは明白です。

しかし一般的には、喪主を務めるのは配偶者など血縁関係が深い方が優先的に行うものとされています。

そこで金城氏の妻について調査したところ、すでに死別していることが判明しました。

この事について、2013年9月12日に投稿された個人ブログ『せりしゅんや的アマボク通信』には以下のように掲載されています。

“2011年から東洋大の監督を引き受け、
1年に何度も沖縄と東京を往復するかたわら、
妻・清子さんとの死別以後、
選手を寮に住ませる沖縄尚学高校での指導には、
限界を感じた。

今年度の生徒で、
その練習場となるウィンナージムには、
30年の歴史に幕を下ろす。
(ボクシングマガジンの2013年9月号より引用)”

同ブログの通り、金城氏の妻「清子」さんとは死別していることを掲載いています。

また妻の清子さんの死因を調査しましたが、ネット上では詳細な情報は得られませんでした。

次に金城氏の子供について調査したところ、金城氏には二男一女が誕生してる事が判明しました。

この事について、2014年8月18日に配信された『エンタ魂 Entertainment MABUI』には以下のように掲載されています。

“指導者である眞吉氏は、
たとえ家族でも容赦せず、
2人の息子にも厳しく接した。

長男・勝也氏は現在ボクシングを引退して
介護の世界に生きているが、

「おやじはボクシングを極めた。

僕は介護の世界でトップを取りたい」と、
“おやじの教え”がしっかりと体に染みついている。

また、
娘を挟んで末っ子の英樹氏もボクシングの世界に生きた。

ドクターストップで引退しているが、
“おやじへの愛”は忘れておらず、
自宅のジムはすでにたたんでしまったが、
「父の最終ラウンドを見届ける」と、
父・眞吉氏を再びボクシングの指導者として送り出したいと考えている。”

同紙が掲載している通り、金城氏には3人の子供が居る事が報じられています。

長男「勝也」さんや次男「英樹」さんはボクサーとしての経験を持ち、勝也さんは2014年当時、介護士して活動してる事も判明しました。

しかし娘さんの名前は同紙やネット上でも公表されておらず、不明です。

また2017年現在の子供達の素性を調査しましたが、一般の方という事もあり顔や職業などは非公表となっており、詳細な情報は得られませんでした。

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金城眞吉の経歴やプロフィール

今回の訃報で大きな注目を集める金城氏ですが、やはり多くの方が経歴などに関心が集まっています。

冒頭でも掲載しましたが、金城氏は日本を代表するアマチュアボクシング指導者として知られ、「具志堅用高」さんや「村田諒太」さんなど世界で活躍するボクサーを育て上げるなど活躍していました。

また金城氏は、自宅をボクシングジム兼合宿所に改装し、ウインナーボクシング教室を運営していまし、数多くの全日本高校チャンピオンや国民体育大会、高校選抜優勝者を育て上げその地位を不動のものとなりました。

この事について、金城氏のWikipediaには以下のように掲載されています。

“金城眞吉(きんじょうしんきち)は、
日本のアマチュアボクシング指導者。

沖縄県出身。

那覇市立首里中学校、
沖縄県立南部農林高等学校及び日本大学卒業。

高校・大学とボクシング部に在籍しフェザー級・アマチュア選手として活躍。

地方公務員(配属先は那覇市消防本部)の傍ら清子夫人と共に夫婦で興南高校ボクシング部、
ウインナーボクシング教室を運営し2014年春閉鎖。

数多くの全日本高校チャンピオン、
国民体育大会、
高校選抜優勝者を育てた。

また自身が興南高校の生徒を預かっていた時期に、
沖縄水産高校在学中の浜田剛史・新垣諭や
母校・南部農林高校在学中の平仲信明・信敏兄弟も指導。

これまでで最も手を焼かせたヤンチャな生徒は
後のピューマ渡久地こと渡久地隆人だったが、
渡久地の類稀な強打をはじめとする天性の才能、
全国大会決勝で川島郭志に惜敗し全日本高校チャンピオンは逃したが
直後の海邦国体優勝の実績を評価し日大に推薦入学させた。

1997年春沖縄タイムス賞体育賞を受賞。

自身の母校・日大出身者が日本アマチュアボクシング連盟で多大な影響力を持っているので、
沖縄アマボクシング屈指の有力者として知られる。

興南高校出身の具志堅用高のみならず
横浜高校出身の日本プロボクシング協会会長大橋秀行も金城を慕い、
そして有望選手のスカウトに金城を訪ねている。

2011年より非常勤にて東洋大学ボクシング部の監督を務め、
卒業後も職員兼コーチとして在籍する村田諒太をロンドンオリンピックミドル級金メダルに導いた。

現在は総監督。

2014年に瑞宝単光章を受章。”

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