【死因:呼吸不全】ピエール・ベルジェが死去!イヴ・サンローランの関係やWiki経歴,画像あり!

こんにちは坊主です!!

今回は、『ピエール・ベルジェ』氏を取り上げます。

皆さんはピエール・ベルジェ氏をご存知でしょうか?

ベルジェ氏は、フランスファッション業界の重鎮であり、デザイナー「イヴ・サンローラン」氏と共に世界的有名なブランド「イヴ・サンローラン(YSL)」の共同設立者として知られています。

ベルジェ氏は、その先見性で数々の洋服やバッグなどを手掛け、ファッション業界に旋風を巻き起こした人物です。

2017年現在でも日本はもとより世界各国の女性から高い支持を得ていて、ハリウッドスターや各界の著名人がYSLブランドを身に着けています。

そんな世界的有名なブランドの設立者の彼が、2017年9月8日に死去した事が報じられ世間の注目を集めています。

今回は、そんな彼について調査してみました。

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死因:呼吸不全 ピエール・ベルジェが死去!

冒頭でも掲載しましたが、ベルジェ氏は2017年9月8日に死去していた事が報じられ、日本はもとより世界各国で注目が集まっています。

また彼の死因を調査したところ、死因は「呼吸不全」である事が判明しました。

この訃報を報じたのは、『BAZAAR』です。

2017年9月11日に配信された同紙は次のように報じています。

”「イヴ・サンローラン」の共同設立者で知られるピエール・ベルジェが、
9月8日早朝(現地時間)、
南仏の自宅にて永眠した。

86歳だった。

ピエール・ベルジェ=イヴ・サンローラン財団によると、
長年患ってきた神経筋疾患による呼吸不全により息を引き取ったという。”


※一部改変

同紙が掲載している通り、彼の死因は長年患っていた神経筋疾患による呼吸不全だと報じられています。

また今回の訃報を受けて、ペルジェ氏とイヴ・サンローラン氏との関係について感心が集まっています。

冒頭でも掲載している通り、ペルジェ氏とサンローラン氏は共同設立者として知られています。

しかし2人は、恋人同士であったと一部ネット上で噂されています。

果たしてその噂は事実なのでしょうか?

今回は、2人の関係について調査してみました。

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ピエール・ベルジェとイヴ・サンローランの関係

上記でも掲載しましたが、2人は世界的有名ブランド「YSL」の共同設立者として知られています。

しかし一部ネット上では、2人は恋人同士であったと噂されています。

その噂について調査したところ以下の事が判明しました。

ペルジェ氏はサンローラン氏のビジネスパートナーとして長期に渡り支援していましたが、以前は恋人同士として、共に暮らしていた過去が判明しました。

2人に出会いは、サンローラン氏が「クリスチャン・ディオール」氏の後継者としてデビューした10代の頃。

当時ベルジェ氏は、ファッション雑誌の発行人として働いており、サンローラン氏の初コレクションを目にし衝撃を受け、初コレクションの成功を祝うディナーの席で出会ったとされています。

その席で意気投合し、直後から恋人同士となり共に暮らし始めたとされています。

この事について、個人ブログ『And Your Bird Can Sing』では以下のように掲載されています。

”ピエール・ベルジェがイブ・サンローランと出逢ったのは、
1958年2月のこと。

10代ですでにその才能を認められた早熟の天才サンローランが、
ファッション界の大御所クリスチャン・ディオールの後継者として
衝撃的なデビューを飾ったばかりの頃のことだった。

当時のベルジェは26歳の、
文学通で知られた雑誌の発行人。

ファッションのことを何も知らなかった彼ではあったが、
サンローランが手がけたディオール社の初コレクションを目にして、
強い衝撃を受ける。

その才能に大いに魅せられた彼は、
サンローランが将来必ず素晴らしいデザイナーとなることを確信したという。

初コレクションの成功を祝うディナーの席で出会った、
21歳の新進デザイナーと26歳の雑誌発行人。

二人はたちまち恋に落ち、
半年後には共に暮らし始めるようになる。”

同サイトの通り、2人は1958年から恋人関係であったと掲載されています。

しかし2人は1976年に恋人としては破局を迎えています。

その後、サンローラン氏が脳腫瘍で亡くなるまで、ビジネスパートナーとして支え「YSL」を牽引していました。

この事について、上記でも引用した『BAZAAR』は以下のように掲載しています。

”ピエール・ベルジェは1958年にイヴ・サンローランと出会い、
1961年に共同で「イヴ・サンローラン」を設立。

1976年に恋人としては破局を迎えたものの、
2008年にイヴが脳腫瘍で亡くなるまで
生涯に渡りビジネスパートナーとしてメゾンを牽引。”

同紙が掲載している通り、恋人としては破局していますが、サンローラン氏を支え続けていたと報じています。

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ピエール・ベルジェのWiki経歴あり!

今回の訃報を受けて、ペルジェ氏の経歴などに関心が集まっています。

しかしペルジェ氏のWikipediaを検索しましたが、日本語版のWikipediaは制作されていません。

そこでペルジェ氏の経歴を調査したところ以下の事が判明しました。

ペルジェ氏は、デザイナーや実業家以外のも慈善活動家として活動していました。

ペルジェ氏は生前、同○愛者の権利擁護運動を推進しており、エイズ研究に多額の私財を寄付しており、また同○カップルの結婚を法的権利を認める運動も行っていました。

この事について、2017年9月9日に配信された『JIJI.COM』は以下のように掲載されています。

”ベルジェ氏は熱心な慈善活動家・美術収集家としても知られていた。

また同○愛者の権利擁護運動を強く推進し、
AIDS(エイズ、後天性免疫不全症候群)研究に多額の私財を寄付した。

フランソワ・ミッテラン(Francois Mitterrand)元大統領の重要な支持者かつ腹心だったベルジェは
政治にも最後まで熱心に関わり、
今年の大統領選でもエマニュエル・マクロン(Emmanuel Macron)氏を全面的に支持し、
当選を支えた。

ベルジェ氏とサンローラン氏は2008年、
当時71歳だったサンローラン氏が脳腫瘍で亡くなる数日前、
同○カップルに結婚に準じた法的権利を認める
「シビル・ユニオン」の関係を結んだ。”


※一部改変

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