こんにちは。坊主です。
今回は、医師の高橋康之氏を取り上げます。
2023年2月8日放送の「ワールド極限ミステリー」にて、「羽田沖航空機墜落事故」(1982年)が特集されます。
この事故では数多くの人間が救助活動に参加しましたが、その内の1人が高橋医師なのです。
一体、高橋康之医師とはどんな人物なのでしょうか?
羽田沖墜落事故:高橋康之医師のWiki/経歴/現在は?
現在のところ、高橋医師のWikipediaは存在していません。
しかし、「気になるニュース」という個人ブログによると、高橋医師の父親も医者だったようです。
https://columbo-news.blog.ss-blog.jp/2015-04-19-5
父は1966年に羽田空港で航空機事故を目の当たりにし、すぐに現場に直行しました。
ところが、父親は事故現場に入らせてもらえず、救命活動に参加させてもらえなかったと言います。
そのため、この時の事故では多くの犠牲者が出てしまいました。
父親はこの時の出来事を強く後悔し、1940年に「航空機事故対応医」として森ヶ崎医院に着任しているのです。
そんな父の姿を子供の頃から見てきた息子の高橋医師は余暇の時間を使って航空の専門書を読み漁り、不測の事態に備えていました。
こうした経歴もあり、高橋医師は羽田近くに「高橋医院」を開業したというわけです。
〒143-0013
東京都 大田区 大森南3丁目24-10
なお、高橋医師の現在については情報が得られておらず、詳細は不明です。
ただ、羽田沖航空機墜落事故が発生した2年後の1984年には「ドクターポートセンター」という民間ボランティア医療救護隊を発足させていたことが確認されました。
高橋医院 院長 高橋康之氏「1982年、羽田沖で飛行機の墜落事故が起こった際、近づけなかった小型船の船長を見て、このメンバーを組織化すればと痛感しました。2年後、医師や看護師に呼び掛けて民間ボランティア医療救護隊『ドクターポートセンター』を発足したんです」(月刊センチュリー2018年6月号)
— 月刊センチュリー 雑誌/月刊誌@USPマネジメント (@century00) June 21, 2018
高橋医師の現在については新しい情報が入り次第、追記します。
家族:嫁妻+子供は?
高橋医師は自身の私生活は公にしておらず、詳細は明らかになっていません。
ただ、下記サイトによると、高橋医院について「現在は3代目の院長」と記載されていました。
https://byoinnavi.jp/clinic/8449
このことから、3代目の院長は子供もしくは孫という可能性が考えられます。
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