【死因:心不全】塩見孝也元赤軍派議長が死去!結婚歴や家族(嫁,子供)の現在は?勤務していた駐車場はどこ?画像あり!

こんにちは坊主です!!

今回は、『塩見孝也(しおみたかや)』氏を取り上げます。

塩見氏といえば、日本の新左翼党派「共産主主義者同盟赤軍派」の最高指導者としてその名前を広く知られています。

また塩見氏は、1970年に日本航空機・よど号ハイジャック事件を計画した首謀者としても有名です。

またこのハイジャック事件とは、1970年3月31日に赤軍派メンバーが日航機をハイジャックし北朝鮮へ亡命した事件であり、日本初のハイジャック事件として当時は大々的に報じられ世間の注目を集めました。

しかし塩見氏は、実行に移す直前に別の事件で逮捕されており、ハイジャック事件後に首謀者として再逮捕、起訴され懲役18年の判決で刑務所に服役しています。

この事について、塩見氏のWikipediaには以下のように掲載されています。

“1970年、
「フェニックス作戦」と名づけたハイジャックを計画。

下見を重ね具体的な計画を作成。

実行部隊のメンバーを決定し同年3月後半の実施を決定したが、
寸前の3月15日、
都内駒込で警察に逮捕された。

しかし塩見の逮捕を知った実行部隊は、
善後策を協議し既定方針どおりハイジャックを決行。

3月31日、
田宮高麿をリーダーとする9名が、
羽田空港で日本航空機・よど号をハイジャックし北朝鮮に亡命した。

(中略)

1980年、
懲役18年の判決が出され、
1982年刑が確定。

府中刑務所に収監され、
結局19年9ヶ月の獄中生活を送り、
1989年12月出所。”

同サイト通り、塩見氏はハイジャック事件の首謀者として逮捕されています。

そんな経歴を持つ塩見氏がここ来て注目を集める出来事が報じられました。

それは塩見氏の訃報です。

塩見氏は2017年11月14日に心不全のため死去したと報じられ世間の注目を集めています。

そこで今回は、塩見氏について調査してみました。

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死因:心不全 塩見孝也元赤軍派議長が死去!

冒頭でも掲載しましたが、塩見氏は2017年11月14日に心不全のため東京都内の病院で死去した事が報じられ世間の注目を集めています。

この事について、2017年11月15日に配信された『共同通信』は次のように報じています。

“日航機よど号ハイジャック事件を計画した元赤軍派議長で、
実刑判決を受けた塩見孝也氏が14日午後、
心不全のため東京都小平市の病院で死去した。

76歳。

広島県出身。

1969年に共産同赤軍派を結成して議長に就任した。

赤軍派のメンバーが日航機をハイジャックし、
北朝鮮に渡った「よど号事件」を計画したが、
実行に移す直前に別の事件で逮捕された。

事件後に首謀者として再逮捕され、
よど号事件のほか、
首相官邸襲○を計画し、
山梨県の山中に同派活動家を集めて武○訓練をした
「大菩薩峠事件」などで懲役18年の実刑判決を受け、
89年に出所した。

出所後は北朝鮮に残るよど号犯とも交流した。”


※一部改変

同紙が掲載している通り、塩見氏は2017年11月14日に心不全のため死去していた事を報じています。

また塩見氏の死因である心不全についてはこちらをご覧下さい。⇒『槐柳二』

今回の訃報を受けて、塩見氏の私生活について感心が集まっています。

しかし上記で引用した「共同通信」では、塩見氏の家族についての言及はされていません。

果たして塩見氏は、結婚していて家族は居たのでしょうか?

そこで今回は、塩見氏の家族について調査してみました。

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塩見孝也の結婚歴や家族(嫁,子供)は?

上記でも掲載しましたが、今回の訃報を受けて、塩見氏の私生活について感心が集まっています。

そこで塩見氏のWikipediaを調査しましたが、家族についての言及はされていませんでした。

しかし一部ネット上では、塩見氏には結婚しており妻や息子が居ると噂されています。

果たしてその噂は事実なのでしょうか?

そこでその噂を元に調査したところ、塩見氏のmixi日記を発見しました。

その日記内には以下のように掲載されています。

“初めまして、
僕は塩見孝也と申します。

今から40数年前は、
赤軍派の議長をやっていました。

それで、
非転向で監獄20年を過ごしました。

(中略)

僕は、もう73歳になりました。

非常に、
元気です。

出獄し、
この清瀬に妻と息子が住んでいたので、
あれからもう25年、
清瀬住人として生き続けて来ました。”


2014年12月30日mixi日記より引用。

同サイトに掲載されている通り、塩見氏には結婚歴があり、息子さんが居る事が判明しました。

またこの情報を元に、家族の素性を調査しましたが、一般の方という事もあり、名前や顔などの素性は公表されておらず、詳細な情報は得られませんでした。

しかし今回の訃報で、家族の素性が明らかになるかも知れません。

詳細な情報が公表され次第、随時記事を更新していきます。

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塩見孝也の勤務していた駐車場はどこ?

上記で記したように塩見氏の家族が居る事が判明しましたが、ネット上では塩見氏が生前の活動について感心が集まっています。

一部ネット上では、塩見氏は東京都清瀬市で駐車場の管理人を勤めていたと噂されています。

果たしてその噂は事実なのでしょうか?

この事について調査したところ、2012年2月4日に配信された『NEWS ポストセブン』は次のように報じています。

“塩見孝也氏・京大中退、
元赤軍派議長・最高指導者、
70歳。

19年9か月を獄で過ごした。

現在、
著述業兼駅前駐車場管理人で合わせて月収10万円。

ファミレスの店内で、
連合赤軍事件と時代を長く熱く語る。

「あの頃、
資本主義から社会主義への移行期に生きてる、
世界が変わる、
歴史が変わると、
みな、
沸騰してました。

しかし赤軍派で5名、
革命左派で7名○難しました。

監獄出てからも、
活動を継続するなかで、
この事件と向かい合いつづけ、
考えつづけてきたんです」

シルバー人材センターで紹介された駐車場勤務は月に10日ほど。

いまも「本業は活動家」と自認し、
経産省の前にテント張りする〈脱原発〉の運動に駈けつけたり、
福島へ野菜や水を運ぶ活動にたずさわっている。

年金もない生活だが、
思いは痛切である。

「仕事は、
立ちっぱなしでキツイですよ。

だけど、
独立自主で、
活動資金も食い代も自分で稼ぐ。

世間一般の勤労民衆の普通の生き方から学んだことを
革命思想の土台に据えたいのです」”


※一部改変

同紙が掲載している通り、塩見氏は生前、東京都清瀬市駅前駐車場で管理人を勤めていた事が報じられています。

また塩見氏は、駐車場の管理人を勤めながら、著述業や脱原発の運動を精力的に行っていたと掲載されています。

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